捨てない大人になりたくて。

30過ぎました。素直さ、恥じらい、向上心…いろいろ捨ててしまいそうになるけれど。

素敵な大人は、「世の中そんなもん」とは決して言わない。

営業事務という一般職の経歴しか持っていない、独身の30才OLが、「転職する」と言い出した。

 

それが去年の私だった。

 

 *

 

その頃、会社は本社移転を前に揺れていた。

新本社が遠く、通勤時間がかかり過ぎて通えない人も多かったため、派遣社員契約社員の人たちはバタバタと辞めさせられたり辞めたりしていた。

 

 

「正社員なんだから、もったいないよ、辞めちゃだめだよ。」

通勤時間が片道30分から2時間になる私は、何も言う前からそう釘を刺されたりした。

 

でも、その助言は裏を返せばこういうことだった。

「あなたでは、今以上にいい仕事は見つからないよ。しがみつく他ないよ。」と。

 

ほとんどの人がそんな感じだった。

 

ただ1人、Kさんを除いて。

 

 

Kさんは私の母と同い年のパートさんだった。

 

育児や大きな病気をされたことで今はパート勤めだけれど、20代~30代にかけては上場企業で総合職として勤めたキャリアウーマンだった。

 

Kさんは芸術や美術が大好きで、海外勤務もしたことがあり、とにかく広い世界を知っている女性だった。

自分の意見をはっきり言う性格で、保守的な女性の多い職場でちょっとだけ浮いていた。

でも私はそんなKさんと話すのが楽しくて仕方がなかった。

 

 

Kさんに相談すると大抵、「大丈夫だって」と言われた。

とにかく「大丈夫」を連発された。

多くの人が「大丈夫なの?」と心配する時、Kさんは「大丈夫!」と言い切った。

そしてその「大丈夫」にはしっかりと重みがあった。

 

何が違うのか?

 

「穏やかな人生なんて、あるわけがないですよ。」スナフキンがワクワクしながら言いました。ー『たのしいムーミン一家』より抜粋

 

Kさんもきっとそう考えていたのだと思う。

 

思い通りになる人生なんてない。でも、だから、やりたいようにやってみればいいと。

 

 

転職活動中は、転職エージェントに登録を断られたこともあったし、意味のわからない理由で選考を落とされもした。

「やっぱり私なんか…」と何度も思った。

でも、最終的には転職を決めることができた。

 

退職の際には、何人かに「転職もいいけど、結婚もしなさいね」と言われた。

転職するのに、「結婚したら教えてね」とだけ言われたりもした。

それを聞いて、Kさんがボソッと言った。

「狭い世界にいると、1つのレールに乗ることだけが正解みたいになっちゃうからね」

 

 

 素敵な大人は、「世の中そんなもん」とは決して言わない。

自分が見ている「世の中」がいかに小さいものかを知っているからだ。

 

世界は広いから、大丈夫。

素敵な大人はきっとそう信じている。

大人が楽しそうじゃない国、日本。

29才で初めてパリに行って、何より印象的だったのは大人が楽しそうだったこと。

 

太っててもシワだらけでもその人なりのおしゃれをして歩いているおじさんやおばさんが本当に楽しそうだった。

 

当時、30才へのカウントダウン真っ只中だった私にとって、それはとてもとても励みになる光景だった。

 

 

5日間のパリ旅行から帰り、私は日本の大人たちを見て愕然とした。

 

おしゃれとか色気とかそういうのはいったん置いておくとしても、とにかく側に寄っていきたくなるような、楽しそうな大人が極端に少ないと思った。

 

何かを我慢していたり、無理をしていたり。

そしてそれを「そういうもの」として受け入れていたり。

なぜだかわからないけれど、楽しいことを求めちゃいけない、みたいな空気もある。

 

働いているから、子どもを育てているから、それどころじゃない、という大人も多いと思う。

 

 

パリ以降、ウイーン、フィンランドへと旅行した。

その土地ならではの観光も楽しんだけれど、やはりどちらの国も大人が楽しそうであることが印象深かった。

 

パリと比べておしゃれ度は下がったけれど、街を歩いている人々を見ると若者よりも大人の方に目が行った。大人の方がイキイキして見えたからだ。

 

何でこんなに楽しそうなんだろう?と考えて、人生を楽しんでいるからだ、と気付くのにそう時間はかからなかった。

 

人生を楽しむ…よく聞く言葉だけれど、日本人の多くはもしかしたらこれがとっても苦手なのかもしれない。

それはきっと、楽しんでいいのかな、という気持ちがどこかにあるから。

そして、楽しめない理由をいくらでも作ることができるから。

 

 

私は16才の時、地元の東証一部上場企業の前を自転車で走りながら、「大人になってもやっていけるだろうか」と思った。

思春期で、はち切れそうなほど色々なことに思い悩んでいたけれど、そんな自分よりその企業を出退勤している大人たちの方がずっと大変そうに見えたからだ。

若さに固執することすらないほど若かったその時、年を取りたくないという理由で大人になりたくないとは思わなかった。

ただ、大人になるのは今よりずっと大変になることだ、としか思えなかったから大人になりたいとは思えなかった。

 

今、自分が大人になり、もしすれ違った16才の子がそんなふうに考えていたらとしたらとてつもなく悲しいと思う。

 

 

私は、大人は楽しいと思う。

自分次第、というのが何より楽しい。

現実的に何を選びどう動いていくか、ということもだけれど、視野を広げ様々な視点を得て、自分の幸せすら掬(すく)い上げることができるのだから。

 

そろそろ、日本の大人も自分の人生を楽しみはじめていいと思う。

 

誰かのために自分の楽しみを極端に犠牲にすることが、実はその誰かを傷つけていることにも早く気付いてほしい。

 

誰に許されなくても、人生を楽しむ。

 

日本に楽しそうにしている大人が増えることを、切に願っています。